元サッカー日本代表・大黒将志、22年のプロ選手生活にピリオド 遠藤保仁や中村俊輔のパス「フォワードやってて幸せ」

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元サッカー日本代表の大黒将志選手(40)が22日、オンラインで引退会見を行い、この日をもって22年におよぶプロサッカー選手生活にピリオドを打つことを表明した。引退後は、自身のサッカー生活の原点にもあたるガンバ大阪の下部組織でコーチを行う。
 大黒は、冒頭でこれまで自身がプレーしたクラブチームの名前を挙げながら「本当に感謝しております。22年間ありがとうございました」としみじみ。「大きな怪我もなく活躍できました。今、コロナで大変な時期ですが、サッカー界みんなで元気にしていけるように、僕もその一員として頑張っていけるようにしたい」と言葉に力を込めた。
 引退を決意した理由について「ガンバ大阪から、下部組織のコーチのオファーをいただいたので、それで決断しました。まだ体も痛い所ないですし、点も取れるんですけど、もうひとつの目標として、監督・コーチ業でも成功したいというのがありまして。そういったところ、ありがたいお話をいただいて、ガンバ大阪にはずっと育てていただいて感謝しかないですし、少しでもお力になりたい」と説明した。
 印象に残っているパサーについては中田英寿、遠藤保仁、中村俊輔といった名前を挙げながら「みんなのパスを受けられたことは本当に幸せなことでしたし、思ったところにボールがくるので、フォワードできて幸せな時間でしたね」と感謝。現役時代にやり残したことを聞かれると「ないですけど、もっとゴールしたかったな」とにっこり。指導者としての抱負を「育成年代、僕も育てていただいたので、知っていることを伝えて、いつでもどこでもゴールできるような選手になってもらいたい。ひとりでも長くトップチームで活躍できる選手になってもらいたい」と語っていた。
【大黒将志プロフィール】
ガンバ大阪の下部組織での活動を経て、1999年にガンバ大阪トップチームに昇格、2004年に日本人最多となる20ゴールを挙げ、Jリーグベストイレブンに初選出。05年には日本代表に初選出され、代表2戦目となる2006ドイツW杯アジア最終予選で途中出場ながら後半ロスタイムに決勝点を挙げた。その後は海外に移りグルノーブル・フット38(フランス)、トリノFC(イタリア)で活躍した後、08年東京ヴェルディに移籍してJリーグに復帰。11年は横浜F・マリノスでプレーし、12年は元日本代表監督の岡田武史が監督を務める中国サッカー・スーパーリーグの杭州緑城足球倶楽部へ移籍。14年からは京都サンガF.C.へ移籍。同年のJリーグDIVISION2の得点王を獲得。18年から栃木SCに加入。同8月に史上初のJ2通算100得点を記録した。