津波被害の仙台・荒浜に戻る笑顔 ノウハウゼロから復興のシンボルに

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14年前の東日本大震災で大きな津波被害を受けた仙台市若林区の東部沿岸地域・荒浜地区。震災後は災害危険区域に指定され、住宅を建築することができなくなった。
そんな中、2021年3月、地区内の集団移転跡地にオープンした体験型観光農園「JRフルーツパーク仙台あらはま」が、県内外から好調な集客で人を呼び続けている。2024年は年間30万人以上が訪れ、1年を通して旬の果物の摘み取り体験ができることが人気を博している。
 農園を開いたのは、ホテルや商業施設・エスパルを運営する「仙台ターミナルビル」(本社・仙台市青葉区)。農業は本業ではなく、全く知見がないところから始まった。オープンからもうすぐ4年。どのように荒浜地区に笑顔を取り戻していったのか。
小学校だけが残った荒浜地区
 かつては住宅街や青々とした水田が広がり、約800世帯2200人が住んでいた荒浜地区。しかし、東日本大震災の津波で約200人が犠牲となり、震災前の姿は一瞬で消え、震災遺構「荒浜小学校」(津波を受けるも耐え、屋上に避難した320人の命を救った)がぽつんと残るだけになってしまった。
 
 震災後には荒浜地区を含む仙台市東部沿岸地域が、住宅建築ができない災害危険地域に指定された。集落が集団移転し、人の気配が消えていった。そんな跡地を活用して新たにできたのが、観光農園「JRフルーツパーク仙台あらはま」だ。
 荒浜小学校の南側。11ヘクタールの敷地内に入ると、かつての生活道路や区画はそのままに、家が建っていた場所にイチゴなどを栽培するハウスが立ち並ぶ。「震災前の荒浜を忘れないように」という思いからだという。農園では、1年を通してイチゴや梨、ブドウなど8品目156品種の果物の手摘み体験が可能。
農業の知見ゼロからスタート、イチゴ狩りはハウス増築まで人気に
特に人気なのは主に11月下旬から6月にかけてのイチゴ狩り(30分食べ放題)。温かいハウスの中で、宮城県産の「にこにこベリー」「もういっこ」など、新鮮なイチゴを存分に堪能でき、週末には1日300~400人が訪れる。
もっと多くの人に食べてもらえるようにと、当初からあった約2000平方メートルのイチゴハウスに加え、2024年12月には倍の広さを誇る約4000平方メートルのイチゴハウスが新たにできた。
 順調に人気を集め、事業を拡大しているように見える。しかし、この農園を手がける仙台ターミナルビルは、ホテルや商業施設エスパルの運営が本業。当然ながら、畑が全く違う農業の知見は全くなかった。農園を案内してくれた同社の佐藤啓央さんは、「おかげさまでこうして多くの方にご来場いただいていますが、現在に至るには苦労だらけでした」と振り返る。
 農業参入のきっかけは2015年。仙台市の採択を受け、津波被害を受けて事業を停止していた市内の「せんだい農業園芸センター」の一部を使って、再整備を開始することになった。そこで、県の農業・園芸総合研究所の元所長を招き、イチから農業のノウハウを学び始め、2016年4月に「せんだい農業園芸センター みどりの杜」として再スタートを切った。
ここで学んだ農業のノウハウを生かす機会が訪れる。荒浜地区が災害危険地域に指定されたことを受け、仙台市が集団移転跡地を利活用する事業に立ち上げ、同社の参画が2018年3月に決まった。11ヘクタールを使うことになり、準備を重ねて、2021年3月18日に、現在の「JRフルーツパーク仙台あらはま」をオープンさせるに至った。