中村憲剛が引退へ「川崎Fを離れない」

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日刊スポーツ

川崎フロンターレのMF中村憲剛(40)が1日、クラブの公式YouTubeチャンネルで今季限りでの現役引退を発表した。10月31日東京戦で40歳のバースデーゴールを決めた翌日の電撃表明だったが、5年前から40歳での引退を決めていたと明かした。今季終了までプレーを続ける予定で、残りはリーグ戦と天皇杯で最大11試合。川崎Fひと筋18年でクラブの象徴となった中村が、クラブ初の2冠で花道を飾ることを目標に掲げた。     ◇    ◇    ◇ 画面越しにも中村の緊張感は伝わった。硬い表情のままスーツ姿で現れると、引退を表明。「いつかこの言葉を言う日が来ると思っていた。ホッとしている」とようやくほおを緩めた。 40歳での引退は決めていた。引き際を意識しはじめたのは30歳。35歳の誕生日に40歳を最終点に定めた。かつてシルバーコレクターと言われたチームが、36歳でJリーグMVP、37歳でJ初優勝、38歳で連覇、39歳でルヴァン杯制覇。「それまでの苦労がうそのようにタイトルが手に入って、40で終わるという終着点みたいなのが徐々に見えてきた」と、着実に引退へのシナリオを進めていた。 その矢先の昨年11月、左膝前十字靱帯(じんたい)損傷、左膝外側半月板損傷の手術を受けた。8月29日清水エスパルス戦で復帰し、大けがを負った等々力で16年連続ゴール。その時もFC東京戦も、メスを入れた左足でゴールネットを揺らした。「『中村憲剛やるじゃん、すげえ』って思ってもらえるような形まで戻したいのがあった。終わりを決めていたからこそ、この5年頑張れた。(迷いは)1ミリたりともなかった」。現役終盤の大けがを乗り越え、まだできると思われる中で引退という引き際の美学を実現させた。 中大時代に練習生として門をたたき、そこから川崎Fひと筋18年。「拾われた身。そこから育ててもらって。国内の他のクラブに移籍する選択肢はなくて、フロンターレで引退するのは早い段階で決めていた」とおとこ気も貫いた。引退後は「フロンターレから離れるつもりはない」と何らかの形で関わる方向だ。勇姿を見られるのは最大11試合。「時間を1日も無駄にしたくないし楽しみたい。みんなとタイトルを取りたい」。リーグ優勝と天皇杯の2冠を置きみやげに、21年元日にスパイクを脱ぐ-。最高のシナリオに向けて、中村が仲間とともに最後の戦いに挑む。【浜本卓也】 ◆中村憲剛(なかむら・けんご)1980年(昭55)10月31日、東京都小平市生まれ。久留米高(現・東久留米総合高)から中大を経て、03年に川崎F入団。同年のJ2開幕戦、サンフレッチェ広島戦でデビュー。攻撃的MFだったが、04年に当時の関塚監督の提案でボランチに転向。Jリーグベストイレブン受賞8度。J1通算出場数はクラブ歴代トップの463試合で74得点。06年に日本代表に初選出され、10年ワールドカップ(W杯)南アフリカ大会に出場した。国際Aマッチ通算68試合6得点。175センチ、66キロ。家族は夫人と1男2女。好きな言葉は「感謝感激感動」。血液型O。