震災から10年経て伝え続けようとする人たち 民間の取り組み活発に

朝日新聞社

朝日新聞デジタル

東日本大震災の被災3県で公立の伝承施設が相次いで建設される中、民間や市民レベルで施設を開き、震災を伝え続けていこうとする人たちがいる。多大な資金や時間がかかる活動を彼らはなぜ続けるのか。震災から10年を経て、3県以外の東北各県でも伝承への関心が高まっている。
 午前8時45分。小雨の中を、宮城県南三陸町の観光ホテル「南三陸ホテル観洋」から1台の観光バスが走り出した。津波で荒れ地になった沿岸に向かう。2012年2月から始めた「震災を風化させないための語り部バス」だ。
 乗客は、宿泊客やこのバスに乗りたくて南三陸を訪れた人たち。これまでに約42万人が車窓から被災地を眺めた。
 案内役は、ホテル従業員の伊藤俊さん(46)。同町出身で、震災時はホテルで勤務中だった。自宅だった集合住宅の3階に津波が押し寄せ、冷蔵庫が天井に突き刺さった。
 最初に向かったのは、旧戸倉中学校だ。高台に建てられ、住民の避難場所にも指定されていたが、津波が押し寄せ、生徒1人を含む十数人が亡くなった。
 「海を見てください。ここまで津波が来たんです」
 中学校の校庭だった場所から見える海は十数メートルも下。伊藤さんの説明に「信じられない」「ここまで……」と乗客が驚きの声を上げる。
 伊藤さんは当時の写真を示しながら訴えた。「この場所に来て初めてわかることがあります。現実を知ることは『怖い』ことかもしれないが、その『怖さ』を理解できれば、災害が起きたとき、みなさんはすぐに避難できる」
 同じ東北地方の実情を知りたいと、青森、秋田、山形からも修学旅行などで訪れる人が増えているという。
 昨年3月には、福島県いわき市の老舗温泉旅館「古滝屋」の一室に、「原子力災害考証館」がオープンした。
 原発事故後に朽ち果て、建物の解体で更地になっていく同県浪江町の市街地を写したパノラマ写真や、がれきを連想させる木片のモニュメントの向こう側に、子どもの遺体を探し続ける父親やボランティアたちの写真が展示されている。入場無料で、宿泊客以外でも見ることができる。
 原発被災地には被害者だけでなく、原発行政を推し進めた役所や東電に勤務する人も身近に暮らし、事故について語りにくい状況がある。古滝屋の館主里見喜生さん(53)は「公的な伝承施設だけでなく、自分たちが見た風景や事実を、ここで暮らす市民として伝えていく施設があってもいいと思った」と話した。
 岩手県大船渡市では13年3月から民間の「大船渡津波伝承館」が津波の脅威を伝える。設置した斉藤賢治さん(73)は銘菓「かもめの玉子」で知られる「さいとう製菓」の元専務。幼少期にチリ地震津波を経験し、震災では従業員をいち早く高台に避難させ、同時に津波にのみ込まれる街を映像で撮影した。
 当初は工場の一室で映像を見せたり、講演をしたりしていたが、現在は市の防災観光交流センターの展示室などで活動を続けている。これまでに4万人以上が来館した。
 「震災を経験していない若い世代や、これから大震災が来るだろうと言われている関西地方に住む人たちに経験を伝えたい」