大蛇伝説再び 温泉街「コロナに勝つ」思い込め

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遠い昔、群馬・赤城山の神(ヘビ)と栃木・男体山の神(ムカデ)が戦った言い伝えがある。弓で射られた赤城山の神が矢を赤城山麓(さんろく)に突き刺すと湯が湧き、傷を治した赤城山の神が男体山の神を追い返した「追い神」の故事が「老神」の名になった――。群馬県沼田市の片品川沿いに旅館15軒ほどが並ぶ老神温泉の伝承にちなみ、蛇みこしを担ぐ祭りが60年ほど前から続く。
 中でも最大の「大蛇」は体長108メートル、総重量2トン。20年ほど前、失われた10年と言われた時代に作られ、人々を勇気づけた。コロナ禍の今、復活に向けて動き出した。
 「目の輝きが戻ってきた」
 2月上旬、夜の温泉街の会館に集まった観光協会員の旅館経営者や飲食店主ら10人ほどが大蛇を磨き、塗り直していく。協会長の萩原忠和さん(60)は「コロナ禍と首都圏の緊急事態宣言で温泉街は休業に近い形ですが、みんなと作業をすると原点に戻れます」。
 世界一の大蛇を――。そんな構想は1999年に動き出した。バブル崩壊で経済が低迷した90年代。倒産や解雇、就職氷河期。老神温泉も観光客が減り、苦しんだ。当時の老神の人々が新たな地域おこしに注目したのが、ヘビの神様だった。
 大蛇の長さは人間の煩悩の数をもとに108メートルに。生きたアオダイショウを入手して参考にするなど、細部にもこだわった。頭部は発泡スチロールを重ねてチェーンソーなどで整え、胴体は軽くて耐久性のあるウレタンをテント生地でくるんだ。畳職人や建設業者ら地元の英知を集め、連日深夜まで集まって手作りした。
 1年8カ月かけて2001年1月末に完成。同3月に米ハワイ州のホノルル市で開かれる日米友好のまつり「ホノルル・フェスティバル」で披露する話が旅行大手JTBから舞い込んだ。旅費は自己負担だ。大蛇は雪が降る老神で入魂された後、大型トラックで横浜港へ。6千キロ離れた常夏の島へ船で運ばれ、10メートル単位で分かれたパーツを現地で初めてつなぎ合わせた。迫力満点だった。
 市中心部のカラカウア通りを2キロ弱練り歩いた。紅白の法被姿の現地の高校生や観光客も担ぎ手に加わり、総勢約280人が3時間、右へ左へ蛇行しながら「セイヤー」「ワッショイ」。旅館経営の金子充さん(69)は「国籍や肌の色も関係なく、一体感があった。鳥肌が立つほど感動した」。
 大蛇は当時のギネス世界記録にも認定された。老神には他に約20メートルの蛇みこしが6体ある。大蛇は12年に1度の巳(み)年に開く祭りや、老神温泉で17年に開催された「第1回全国へびサミット」といった特別な時に登場する。昨春はコロナ禍でどの蛇みこしも担げなかった。
 新型コロナウイルスとの闘いは続くが、大蛇は静かに復活の日を待つ。老神の人々は信じている。「いつか、みんなで担げる日が来ます」と。(張春穎)