玉音放送の後、兵隊からビンタ 語り継ぐ戦争

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1945(昭和20)年7月の大垣空襲の時、山田隆信さん(88)は11歳だった。大垣駅前が丸焼けになった空襲だ。
 収まった後、市内の様子を見に行った。近所のお寺が燃えたことが悔しかった。
 集団下校中、グラマン戦闘機に襲われたこともある。とっさに土手に伏せた。道を挟んで反対側の水路にチャチャチャ。機銃掃射された。
 我が家のラジオで終戦の玉音放送を聴いた。昼飯後、近くの杭瀬川に泳ぎにいった。顔なじみの兵隊が2人、水浴びしていた。思わず、「負けたら兵隊さんはどうするの」と尋ねた。すると、思いっきり往復ビンタをされた。後で謝ってくれたが、終戦を知らなかったらしい。