柳田将洋が少年に見せた情熱「今だから、君に会えた」

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 小学5年生のけんたろう君から、悲痛の声が上がった。「コロナで練習も試合もなくなった。けがもしてしまって……」
 5月下旬、プロバレーボール選手の柳田将洋(27)がオンラインで開いた講習会でのことだった。
 「戻ったら絶対、けがをする前以上に成長しようと思った」。柳田は自らの経験を話し始めた。昨春、左足首を骨折し、その直後にプレーしていたポーランドから帰国。約3カ月を棒に振った。「今は先が見えないけれど、こうやってけんたろう君に会えている。こういう時だから得られているものを考えて」とアドバイスを送った。
 講習会は、柳田の武器サーブに特化したオリジナルのもの。「利き手側に体をひねって球にパワーを伝える」「サーブはトスで6、7割が決まる」。自分で作ったプレゼンテーションの資料を使い、子どもの頃の自分の動画を見せながら、基本を説いた。寄せられた子どもたちの動画も解説し、質問に丁寧に答えた。約40人を相手に、柳田は1時間半、熱弁を振るった。
 「バレーボーラーだからバレーしかできないじゃなくて、経験をしっかりと口にして発信することで、いろんな人の目にとまる。情報を共有できれば、選手とファンの距離も近くなる。プロとしては重要な行いかな、と」
心痛め、たぎったプロ意識
 慶大時代に日本代表入りし、ワールドカップで活躍。2017年に海外へ渡り、日本代表でも主将を務めてきた。バレー界を引っ張るプロ選手の自覚が柳田にはある。だからこそ、以前から、ツイッターやインスタグラム、会員制サイトで積極的に発信してきた。
 そして、今回、オンライン講習会を開いた。中学の全国大会や高校総体、そして夏の甲子園も中止になり、心を痛めていた。今なら時間もある。「若い世代が自分の力を発揮する場が断たれてしまっている。いまだからこそ、自分の経験を還元したい」と感じたという。
 新型コロナウイルスの感染が広がり始めた3月、プレーするドイツリーグが中止となり、帰国した。約2週間、都内のホテルで自主隔離した後、日本代表に合流。数日で解散となり、都内で母、弟と暮らしながらトレーニングに励んだ。家族と長く時間をともにするのは高校時代以来だった。「働かざる者、食うべからず。母がご飯を作ってくれるので、洗濯や皿洗いをしている」。女手一つで育ててくれた母親への感謝も、行動で示した。
 今月1日、古巣のサントリーに復帰した。「思い入れのあるチームにまた戻り、プレーすることができるのはとても幸せで、楽しみな気持ち」。21年に延期された東京オリンピック(五輪)について「心の準備はできていた。成長できる時間ができた、とポジティブにとらえて、準備していく」と話す。
 今の状況にも前向きだ。「コロナがいろんなことをつなげてくれたといえるぐらい、プラスに持って行けるように行動できたらいい」。けんたろう君に投げかけた言葉を自分自身にも投げかけている。