100歳の元従軍記者の叫び 願う世界平和

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日テレNEWS24

100歳のジャーナリスト、むのたけじさん。戦後、一貫して反戦・平和を訴えてきました。
むのさん「戦争を殺すために、自分が死ぬことに一番意味があるのだと」
命の大切さを知っているからこその魂の叫びです。世の格差を正す仕事がしたいと、20歳を過ぎたころ、新聞記者の道へ。26歳の時に太平洋戦争が勃発。従軍記者としてインドネシアに。目の当たりにした戦争の現実…。
むのさん「我々は兵隊じゃないが従軍記者でも同じ。道徳感情が何もなくなる。だから火をつけたり、子どもを殺したり、強姦したりするような犯罪も行われたわけ。殺さなければ殺される。この恐怖ですよ。それが国内では、はむかえば非国民、国賊として殺される」
戦場から戻ると、4歳になる長女が伝染病に。むのさんの腕の中で息を引き取りました。戦場での無念。最愛の娘の死。終戦の日、新聞社を辞めました。暗い世の中を明るく照らす“道しるべ”を作ろうと考え、家族で新聞づくりを始めます。1948年に創刊したのが「週刊 たいまつ」です。
紙面は、農民の暮らしや子どもに向けられ、30年間、780号まで出し続けました。多くの時間を執筆や講演に費やしましたが、70歳を過ぎたころから、胃がん、肺がん、心臓の疾患など、命に関わる病に…。それでも反戦・平和を叫び続けました。
むのさん「戦争はなくすことができる。なくさなければならない」「おれはもう明日死ぬかもわからないような、そういう年になってもこんなざまでは死ぬわけにはいかない」
この日は、むのさんの活動を教材とし、教師を目指す学生たちのもとへ。
女子学生「むのさん自身が受けてきた(当時の)教育はどんなものだったのか」
むのさん「とにかく命を国にささげる、天皇に喜んでもらえるようにがんばる。これが一番よい日本人なんだと」
平和な世の中のために…1人1人ができること。
むのさん「人類の歴史の行きづまりを変えようと思ったら、80億の人間の1人1人がかけがえのない存在ですから、その人間1人1人の自己主張を大事にしあうというね」
100歳のジャーナリストから、次の世代に平和の種が託されました。
むのさん「真剣に生きて、平和な世の中をつくりたいと思います」
2016年8月21日、むのたけじさん、永眠(享年101)。
※2015年1月、秋田放送で制作したものをリメイク